リアニは、近所の神社でやってるお祭りが変形したものだと思った

リアニ10と11は、子育てがあったり、体調がすぐれなかったりで結局行かなかった。
それに、クラウドファンディングについても参加しなかった。
野外でやたら規模が大きくなったり、ageHaで行われたりなど、
明確にフェスやクラブイベントのような様態を取ってきているにもかかわらず、
運営がそうなっていかないことに、なんとなく違和感があったからだ。

そんな違和感を感じている人は自分だけではなかったようで、
一昔前にtwitter上でそういった議論があったことを覚えている人もいるかと思う。

でも、色々考えて、やっぱりリアニがやっていることはすごいな、と思い直すに至った。
次回は遊びに行きたいな。と思う。子育てしながらだとなかなか難しいけど。
(そういった面では新宿のど真ん中だと、ホテルを1室抑えて、子供の調子が悪くなったりとか、
いざ何かあった時にはそこに逃げ込めばよかったから楽だったんだよな。)

今回のエントリはそういうお話。

近所の神社でやってるお祭りに行ってわかって来たこと

2年前に娘が生まれ、そうするとやっぱり色んな気持ちが変わってきた。
これまで、近所の神社でやってるお祭りなんて全く興味が持てなかったけど、行くようになった。
妻的には、近所のママ友と会える可能性が高くていい機会だし、
娘にお祭りがどういうものかも知ってほしくなったから。

近所のお祭りに行くのに、入場料は取られない。
ただ、タニマチ制度はあって、お金を払うと、名前が掲示されたりする。
掲示されている名前は、もちろん個人名もあれば、お店の名前や、近くのマンションの名前があったりもする。

お祭りを回すために動いている人は、誰なのかというと、多分自治会の人たちだ。
あとは、焼き鳥とかお酒とかわたがしとかを売ったりしている。それも収入なのだろう。

そのあたりの収入から、お祭りの実施に必要ないろんなもの、
例えばテントやらPA機材やらを買ったり借りたりメンテしたりしている。はずだ。
(詳細はわからない。)

そうやって神社に用意された場所で、
炭坑節(月が出たでた月が出たっていう歌詞のアンセム)に合わせて
櫓の上で人が太鼓を叩き、それに合わせて盆踊りを踊ったり、
近所の中学校の吹奏楽部が演奏しに来たりする。

自分の家の近所の神社でやってるお祭りというのは、
なんかそういうものだということがここ数年でわかってきた。

場所の用意の仕方とその上に乗っかるコンテンツは不可分なのか?

例えば、入場料を取る盆踊りはありうるだろうか。
神社でのお祭りの中で、カラオケ大会はやってもいいだろうか。ライブはやってもいいだろうか。DJはやってもいいだろうか。
お祭りを、体育館の中でやってもいいだろうか。雨だったら、そういうやり方もいいかもしれない。

いずれについても、ちょっと変わった感じになるけど、やってもいいだろうと思える。

僕達はきっと、「神社でやるお祭り」って言われると
「(1)神社でやってて、(2)入るのにお金はかからなくて、(3)炭坑節に合わせて太鼓を叩く人がいて、それに合わせて盆踊りを踊るもの」だ
とイメージする。そういう固定概念に囚われている。

「クラブイベント」と言われると、
「(1)クラブでやってて、(2)入り口でお金を取って、(3)テクノやハウスやハードコアや最近ならアニソンも流れて、それに合わせて踊るもの」だ
とイメージする。そういう固定概念に囚われている。

(1)と(2)と(3)は不可分なんだろうか。
多分、不可分じゃない。不可分だっていう固定概念に囚われているんだ。
すくなくとも、自分はそうだった。
(リアニでトリのDJまでやったことあるのに恥ずかしい話だ。)

リアニは、近所の神社でやってるのお祭りの方法お金を用意して、クラブで流れる音楽を流す 催しであると捉える

リアニは、「(1)色んな場所で、(2)入るのにお金はかからなくて、(3)クラブで流れる音楽を流し、それに合わせて踊るもの」だ。

昔のリアニは、場所について独自のものだった。
新宿歌舞伎町シネシティ広場という、あまり誰もイベントをやらないところでイベントをする、独自のものだった。
リファレンスがないから、何をどういう方法でやっても良かった。

最近は、10では野外のロックフェスをリファレンスにしていたし
11ではageHaでクラブイベントをリファレンスにしている、
ように見えた。
そういうふうに見えたから、違和感を持って、その結果行かなかった。

でも、リファレンスにしているからと言って、そっくりそのままその固定概念にとらわれる必要なんてなかった。
むしろ、ぱっと見、リファレンスがあるものをやることによって、
(1)と(2)と(3)は、不可分ではないということを、どんどん証明している。

リアニというのは、そういう社会実験と捉えることもできるな、と、ふと思ったんだ。

というか、そもそも、リアニは、最初から一貫して近所の神社のお祭りをモデルにしている

リアニの1回目のことをふと思い出す。

お金を出してくれそうな団体を探すことを、タニマチを探すって打ち合わせで言ってた気がする。

1回目では、リアニに関係が深い人やイベントをまとめてA4のステッカーにするというのをやった。
これは掲載された人やイベントからちょっとずつお金を集めている。
これも、たしか、タニマチって呼んでた。

最初から、そして今でもクラウドファンディングという形で、一貫してタニマチ制度でお金を集めている。

これらは、もちろん非難できないなと、僕は思う。

近所の神社でやってるお祭りに出向いて、
「こんなお金の集め方はどうかと思う」ってお祭りの運営を非難しようだなんて思わないんだから。
それと同じ。

「リアニはオフ会が大きくなっていったもの」という、いつも使ってるキャッチ的なのはあんまりだと思う

オフ会って参加者からお金集めたりするから、運用形態に即してないし、
そんなこと言ってるからミスリーディングを起こすんじゃないかなと思った。

まぁ、元をたどれば、本当にオフ会からスタートしたものではあるんだけど。

あと、最近の若い人、「オフ会」という概念、わからないんじゃないかな。
ゼロ年代に取り残された死語って感じがする。

リアニ、次回は遊びに行きたいな

子育て次第だけどね。
頑張って遊びに行くよ。


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